比良 志賀から烏谷山目指すも撤退 ’19.2.15 曇

 しばらく山歩きができていなかった。いろいろこれあって10日も空いてしまうのは久しい。武奈ならともかく烏谷山くらいなら行けるだろうと、深くは考えずに暢気なスタートであった。そうはいっても早出がよかろうと湖西線は一番電車である。沿線はまだまだ暗闇で明かりが灯っていた。車内はまだガラ空きで眠たい目をこすりながら放心状態で乗っており、「シガー、シガー」のマイクで辛うじて乗り越してしまうほどの状態だったのだ。

 志賀駅(6:35)を歩きだすとすぐに烏谷山が見下ろしていたのを見上げて、ようやくスイッチがはいってきた。その先のちょっと上がりかけて後ろを振り向けば日の出が始まりそうだった。見れば近江八幡の津田山の左肩から太陽が顔を出してくるようだ。近年はアルプスへも出かけないので、山の中から日の出は拝むこともなくなってしまったが、琵琶湖畔からの日の出も捨てたものではない、なかなかいいもんだ!・・と以前の高い山中からの日の出シーンを懐かしく思いだしていた。

     
麓の荒川から見上げる烏谷山    荒川集落から琵琶湖越しの日の出 

 ところが、気持ちも体調もよかったのはこのあたりまでであった。その後は荒川集落をぬってすぐに道は登っていくのだが、湖西道路の下から舗装路をどんどん上りとなって登山口の中谷出合下あたりでいつもの通り1時間ほどで着けた。ただ、今回はここまでほとんど雪はなかったのでもう少し短い時間で歩けるはずだったが、歩きながら相当シンドイなと感じながらの登山口到着(7:33~40)であったのだ。

 
  登山口の中谷出合下

 登山口からさぁ、これからが荒川峠道を登るのだ!、と気合を入れよう。足元はやっと白くなってきてテンションは上がりかけるが、それよりも気分がのらない方が強く、大岩谷分岐やその後の水場あたりでは、「おや、今日はイヤに調子が出ないなぁ・・」と感じだす始末であった。
 しかし、雪の感じからここでシューをつけておいた方がよかろう。と大岩の下から湧きだす水場でその準備をしだしたのだが、中腰しになって準備していると、一瞬目が回りそうな気分でクラクラとなってしまったのだ。「アッ、これはヤバイ!」と履きかけたシューを取り外してしばらく休憩しようと雪の乗る小岩にかけて休んでみることにした。

 
 上り時の水場で目が回りそうになる

 でも15分ほどで、何とか歩いてみようと、どうにかシューをつけて歩きだしたのだ。そして次第に雪も多くなりだしたが、さすがにパウダーであっても20cm近くも潜ってくればやはりシンドイ・・。もちろん、最近の天気からして最初からトレースは全くついていないのは分かっており、予想通りであったのだが、でも調子が悪いとやっぱり少しでも踏み跡の硬い所が欲しくなる。
 しかし、輪をかけて本日の体調であれば、これは休み休みいくしかないだろう。最悪は烏谷山は無理かもしれないと自己判断は早い。そうと決まれば「今日の山歩きは堂満の南尾根を眺めてから、烏谷の雪庇を眺める山行としよう・・」、と予定変更であった。

 つまらない日となってしまったが、このような日に登山靴を履いたのは自らであり誰も責められない。などと歩きながら思うのはまったくもっていたたまれない。がしかし、歩くことに専念しようと歩いては休み、歩いては休みの連続であり、それでも800mを過ぎてくれば植林帯も終わってブナやイヌシデの大木が出てきだし、ようやく気分が変わってきだした。
 さすがに深いパウダーはどんどん深くなってきだし、吹き溜まりでは泳ぐような箇所も出てきたりした。これはたまらんと掘れ道は避けてヤセた周囲の高い部分は風を受けるために締まり気味だから助かると、その部分を滑り落ちないようにと気にしながらソロリと時間を気にせず慎重に登ることとした。

     
細そいが ミズナラ10本兄弟     ブナの木兄弟
     
 離れて元気なブナが勇ましい    イヌシデの大木に右巻きのカズラは?  

 こうしてミズナラの連隊地にどうにか着き、これまでから9本兄弟と思っていたが、もう一度数えてみれば、なんと1本増えて10本兄弟であった。どうやら立つ位置から見える本数が違うようだ。とタワイない子供遊びであった。それより「おう~、ここまで上がってこれたのだ、すると荒川峠下の道標はもうそこだな・・」とようやく気が静まってくれた。
 だが、この道標地が近い喜びはいつになく嬉しかった。それは今日ほど体調不良の覚えがなかったために喜び一入だったのだ。しかし予報の天気通りではなく、あたりはガスが取り巻き、いつもであれば南西方面に見えるハズの打身山や蓬莱山は、からっきし見えず終いであり、これでは先の堂満の姿はどうだろうか・・?と思いだすこととなった。

 それでも元気を何とか振り絞って、さぁ、次は荒川峠を目指そうと進むも、このあたりも雪が深い。そうだ「低いところは吹き溜まりだ、高い所を歩け!」と自らに命ずるも、疲れ切った身ではどうしようもない歩きが続く。そしてしばらくで連休の頃にはシャクナゲが綺麗に見せてくれる場所が、その荒川峠分岐である。堂満へ行くには都合いいのだが、烏谷山へは少しばかり遠周りとなるのが荒川峠だ。

 
シャクナゲの右が荒川峠分岐入り口 

 この分岐から荒川峠までの前半が道が細く、積雪期は道型が消えるために、右斜面へ滑落注意箇所でもあるが、今日ほどゆっくり歩きだからそれは大丈夫だ。それでも道型が見えてくれば次第に広くなって最後は左折すればその峠はすぐ道標が知らせてくれる。その峠は小さく切れ込みここで縦走路を南北に分けるのだ。でもその道標から雪を判断すると、今回は多くも少なくもなさそうな中途半端な積雪量に見えた。

 
 荒川峠の積雪は中途半端

 この道標のその右手あたりにはどっさりと雪が乗っているではないか。そこを掻き分けて稜線に上がったとしても、それからの尾根を北向きに進めば堂満岳が見えるようになるはずだが、このあたりの様子では眺望は無いに等しそうだ。やっぱり調子よくない今日は堂満岳の眺望はパスしよう。
 となれば道標左横からが本来の南への縦走路の上り口だが、とてもこの雪のつき具合からは這い上がりできそうもないために、西へ進んでから南側の縦走路へ突進することにしよう。もっともその先の急坂まではフラットなため、本日一番の楽な地のハズだ。するとさすがにこの部分は悠々と歩けたのだが、すぐに全面に坂が目に入って左寄りに向かいだせば、またまたハーハーゼーゼーの繰り返しとなってしまった。

 
 展望台はRP縦走14番 

 このようなだらしない歩きだったが、途中で予定変更としたそこは本日の高みであり、なんとか好展望地(Ca950)まで上がってこられた(10:25~11:10)のだが、ガスばかりで何も見えない。やっぱり今日の体調ではこのような状況だし、ここで早昼としてその内にガスも取れることだろうとシートを広げてゆっくりすることとしよう。もちろんここはレスキューポイント縦走路14番地であり、その表示が枝に下がっていた。

 雪庇を登り降りて登ってまた降りて登って一番奥が烏谷山(1076,7m3等三角点)だ

 こうして昼食を取って「ガスを呆然と眺めるでもなく、つまらない我が人生と同じだナ・・」と笑いながらデザートのバナナをパクついたその瞬間にガスが途切れて烏谷山の頭が見えだしてきた。そしてガスが消えるのも時間はかからず、左の蓬莱山あたりまできれいに見る間に大パロラマを見せてくれたのである。この一瞬は驚きでもあり大感謝の感激でもあったのだ・・・。
 なお、雪庇は↓左の箇所だけでなく、一番奥の烏谷山手前部分でも雪庇が見事なところももちろん歩けるのだ。その画像は18年2/4のページで見られます。

     
雪庇群は登らずだったが普通はこの狭さでもその上を登っているのだ    斜面左奥に見えるは打身山に奥が蓬莱山(枯れ木の松が邪魔だが・・) 

 展望地からこのような雪山の烏谷山を見上げて満足としていた。ガスが切れていたのは一瞬のように思えたのだったが、後でカメラの記録を見ると10分近くも眺めていたようだ。その場では「あの烏谷山までは今日の足では到底無理だな」と思えてしまう弱気虫な心となってしまった。
 しかし、見事で豪華な展望ショウが幕引きとなったのだから誠に残念ながらこれでお暇しよう・・。となって後は下りばかりだと上りの体調不良はどこ吹く風の下山となってくれた。(ここまで読んでいただいた皆さん、ご免なさいネ、ぶっ倒れて遭難騒ぎにならなくて・・)笑

 結果として上りは駅から登山口までの林道歩きに1時間、登山口から荒川峠周りで展望台までが3時間45分、下りは1時間と下山口から駅までが50分であったが、下り時間が極端に少ないのは、やはり予定のピークが踏めなかったので余力が残っていたのが原因だろう。しかしながら、登り時の体調不良にはいろいろな原因があるのだろうが、これからは休み明けの登山には相当の足慣らしや体力づくりをやってからの山歩きとする必要がありそうな年となってきた証拠だろうか・・?。涙

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